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赤い橋と恵比寿淵(えびすぶち)

川本ネタをもう一つ!
子どもの頃は吊り橋(大水で流されました)だった川本の赤い大橋を撮ってみました。
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江の川流域では川幅は微妙に変化していきますが、このように似た風景が続きます。
左手のアパート(写っていませんネ)が町営住宅、かなり老朽化していますが、母は今の家ができるまで(造成に時間がかかり)5年半ここの2Fに住んでいました。
父と一緒に戻るはずでしたが、築90年の家を解体する前に、ボランティア作業中に山から転落、平成10年10月に亡くなりました。

夫は、小学生当時、この町営アパートのある久座仁という所に住んでいて(40年後に再び住むことになるのですが)赤い大橋(川本東大橋)の下の河原が遊泳場所でした。
現在はふるさと会館にスバラシイ温水プールありますが当時プールはどこにもありませんでした。皆、江の川や、支流で泳いでいたものです。
オムツは、川で洗っていた時代・・・そう言えば、ウンチが流れてくることもありました。

深い(水深12~15M)ところへ行くとカッパが足を引っ張るとも言われていました。
江の川横断は英雄の証!男の勲章のようなものだったのかもしれません。6年生の時、久座仁の橋の下で江の川横断(50M)に挑戦したんだそうです。ワルイ事はスグ見つかります。
ブイを越えた罰ということで、夏休み中遊泳禁止!
で、隣りの私の住んでいた多田にある水泳許可の場所『恵比寿ぶち』にこっそり内緒でやってきて、、、(この悪事が見つかったかどうかは不明です!)

そこでおとなしくして泳いでいればいいのに、そこは、岩場で高飛び込みの格好の場所。。。男の子たちは、道路から思いっきりかけってきては、ジャ~ンプ!よく誰も怪我をしなかったものだと、、、今その場所を覗くとゾッとします。

恵比寿ぶち・・・夏休みだけのなつかしい思い出の場所です。
かまぼこ板に名前を書いて、出席がわりにしていたのも懐かしいです。帰る時先輩から呼ばれて、かまぼこ板を取りに出る、
「誰も溺れていないな」と確認して皆で並んで家に帰る。。。浮き輪を抱えて、、、お腹すかして家に帰ると母がおにぎり作っていてくれたっけ。

しかし、なんで「恵比寿ぶち」って呼ぶんでしょう?う~ん、これは調べてみる価値ありそうです。
人形劇ネタになるかも!川本町誌にも載っていますが、先月、役場の職員の方に教えてもらった川本町温湯(ぬくゆ)城山近くの「蛇九年淵(じゃくねんぶち)」の伝説も興味深いです。

川本、邑智郡、島根はお話のネタの宝庫ですね。
『歴史・お話クラブ』を子ども達とつくりたいです。
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by poem89 | 2005-07-24 11:05 | 川本

あざとり地蔵さん

約2年前、開腹手術で入院した時のことです。
「ついでに」って軽いノリで、目の下にあった“泣きぼくろ”をとってもらいました。
子ども達は「お母さんじゃなくなる・・・」って反対、「神様からいただいたものにむやみにメスを入れるもんじゃない」とも言われました。

一度決めたら頑固に通す私です。退院2日前に手術しました。(10日間の入院中、2回麻酔を受けることに!)手術は無事終了・・・当分顔の真ん中にカットバンしてましたネ。

夫は京都に出張中でした。
早朝、京丹後市大宮町の出張先で、案内役の人が「時間が少しあるので、いいところを案内しましょう。」と言われ、着いてビックリ!そこには私と同じ場所にほくろのある大きなお地蔵さんが・・・。 「あざとり地蔵」と言われ信仰を集めているとのコト。夫は私がほくろをとることは知っていましたが、そのことは、周囲の誰にも話していません。なぜそこに連れていかれたのか、今でも不思議だと言います。
とにかくお地蔵さんに『感謝』の気持ちを伝えたそうです。

また、その時農家から「エゴマ」の『種』をいただいて帰りました。当時「エゴマ」はシソのように
どこでも簡単に栽培できる、健康にもいいし、、、島根の特産に!と意気込んでいました。
その後、起業家スクールに通い、退職騒ぎ(?)があり、、、エゴマはそのままになっていましたが、一緒に視察した川本の方がちゃんと種を栽培、普及し、今の川本でのエゴマブームをリードしておられます。「エゴマ」ドレッシング、「エゴマ」クッキーなどなど商品化されています。
え~ゴマ→笑顔→心も身体も元気
【元気だから夢をもてる、夢があるから元気になれる】

2年前の「ほくろ」をとって、あざとり地蔵さんに出会ってから、なにか色々と導かれているようで
不思議です。お礼参りしたいです。
今年から京都で暮らしている息子に京丹後市を案内してもらえないかな~?
「丹後ちりめん」地域活性化イベントあり古布やちりめんで作品を創る母も一緒に連れて行きたいです。

長江寺の「獏の木枕」との出会いからはもうすぐ1年になります。「バクの夢叶い地蔵」に全国から人々が集まりますように・・・。
あ、「バクの夢叶い地蔵」は現存しません。2008年に建立されている・・・かも??です(笑)
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by poem89 | 2005-07-24 10:10 | 川本

だいこん座川本公演

c0016212_0393341.jpg7月10日(日)悠邑ふるさと会館(川本町)マルチホールにて
しまね子どもの読書等推進の会邑智支部主催の読み聞かせフォーラム
に参加させていただきました。

午前中の「えかきうたのほん」著者の中村柾子先生の講演は、幼稚園、学童クラブ、学校など読み聞かせに関っているだいこん座メンバーにとって興味深く、大変勉強になりました。
だいこん座の人形劇は「三枚のお札」・・・うんこ、しっこ、おにばば~!
やっぱり子どもを泣かせてしまったけれど、優しいお父さんのお膝で頑張って最後まで観てくれてました・・・Thank You!。
午前中の講演の中で、小さい子に「コワい話」をする時、信じている人、戻れる場所(人)がある場合は、大丈夫、「こわいものみたさ」の心境を満足させる時もあってよい・・・とのお言葉に自信をもって演じることができました。
なぜかいつもより、声は上ずってしまいましたが・・・。
写真はRちゃんに撮って送っていただいたものです。ありがとうございます。

父母が山へ仕事に行っている時、おじいちゃん(小学校6年の時77歳で亡くなりました)が私を子守りしてくれたのですが、その時教えてもらった「ハンカチねずみ」も紹介しました。(プログラムにはなかったのですが急遽!)
これ、ワークショップすればよかったかな?とあとで思いつきました。機会あれば次回・・・。

ナナカマドさん(小学校時代の先生)や先日の読書ボランティアでお会いした方々、役場の方々、県立図書館子ども室でお世話になったTさん(浜田へ転勤になったそうです)・・・
子どもよりも大人が多い中での公演は、やりにくいのですが、温かく優しいまなざし、子ども達の
応援に支えられました。終ってホッとしています。

上演後、母恵夢に移動し、読書ボランティア・ルピナスのIさんのお世話で、木もれ陽広場のRちゃん、川本図書館のDさん、喫茶オパールのUさん、教育委員会のIさんそしてだいこん座メンバーでお茶会をしました。
松江から初めて川本にやってきただいこん座のメンバーは川本の自然の豊かさ、人柄のよさ、人情のあつさにいたく感激!是非また来たいと言っています。

だいこん座のみなさ~ん
私が川本に住みついたら、毎年呼ぶからね・・・今度は泊りがけでネ
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by poem89 | 2005-07-14 00:53 | 川本

仏の顔も・・・

今回はかなり堪えました・・・。パソコントラブル!と言っても、単純に私の不注意でした。
七夕の夜(もう日付も替わろうとしていました)やっちゃったんです。梅酒をガバッとキーボードに
こぼしてしまったのです。ノートなのです、、、一瞬画面が真っ黒になり、「終った!」と覚悟しました。

それでも、水分を吸い取って、乾かして(ドライヤーを当てたのがよくなかった)しばらくして画面が元に戻ったかと安心していると、勝手に文字が入力されたり、メモ帳が次々200も開いていったり、、、みたこともない画面が出てきます。
不幸中の幸いだったのか、基板はかろうじてセーフ、とりあえず、USBでキーボードつないで命ながらえています。

診断してもらったプロジェクトゆうあいのOさん、キーボード貸していただいているbe-plusのWさん、本当に有難うございます。

パソコンがトラブルといつもSOS送るお義兄さんは、出張中だったのですが、帰るとスグ、キーボードを取り外して超音波洗浄にかけてくれました。しかしながら、モトには戻らず・・・(梅酒ですし、、、)新しいキーボードを注文することにしました。多分3,000~5,000円で取り寄せられるとのこと。

昨日から市内公民館のIT講習に出ているのですが、「パソコンの周辺には絶対飲み物を置かないこと!」と注意しても、これじゃぁ今一つ説得力に欠けますね~。ま、反面教師ということでお許しください。

ところで、私のパソコンの師匠・・・について。
私が初めてパソコンに触ったのは、今から25年前、20歳だったかな?お義兄さんが島根大学にパソコンを入れる試用版としてPC-8001のプログラムを組んでいる頃。個人用コンピュータの可能性が見えてきた時代だったと思います。パソコンで音楽やゲームを楽しんでいるお義兄さんの頭はどうなっているんだろう?と思っていました。

その後、アメリカで生活していたし、私も仕事、子育てで忙しくパソコンとは全~く無縁でした。文書はガリ版や青焼きで、全くアナログで作っていましたね~。(遠い目)

再びパソコンと出会ったのがDOS-VからWindows3.1に変わる頃1993年です。95年~爆発的に家庭へとパソコンが入ってくるわけですが、パソコンの性能アップの速さは目まぐるしかったので、新しい情報はいつもお義兄さんが伝えてくれました。半分も理解できていないのですが、、、世界の流れみたいなものを話してもらいへぇ~と驚くことばかり、とても面白かったです。

ネットにつなぐ時、新しいソフトを入れる時、メモリ増設する時、リカバリする時、、、、いつもいつもお義兄さんにはお世話になりました。近所でよかった~!!

「梅酒をキーボードにまきちらす」というちょっと信じられない行動にも、きっと呆れていると思うのですが、イヤな顔せず付き合ってもらい感謝しています。

これに懲りず。。。これからもまたお世話になりますm(__)m・・・『仏の顔も三度まで』か?
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by poem89 | 2005-07-13 08:50 | 日々の出来事

前進前進

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工房・母恵夢のこと、72歳でお店を開店させた母のこと、バクのこと、、、だんだん話題にのぼるようになり、先週は山陰中央新報の「ひと」欄に母のことが掲載されました。
前回の記事は、石見版でしたが、今回は島根ワイド版ということで、お問い合わせも出雲部からもあり、嬉しい悲鳴です。
また、今日は[いわみマガジン]に掲載していただきました。
また、先月はバク&長江寺のことも!さすがにかわべまゆみ編集長パワフルです。精進料理はゼッタイおススメ

12月12日(いい日、いい日)にこのサイトをオープン、3月12日工房母恵夢、6月18日母恵夢BAKU(バク)オープン・・・昨年9月に長江寺のバクに出会ってからというもの、本当にめまぐるしく日々が過ぎています。
自分の心を振り返ったり、本当に自分がやりたいことは何か?川本にUターンして何ができるか?したいか?整理して考える時間も持ちたいと思っています。
また、川本に帰った時(週末)は、できるだけ人に会うように心がけています。30年も離れていると、世代が代わってホント“浦島太郎”状態なのです。そんな不安な中で、いろいろなつながりの方が声をかけてくださり、話を聞いてくださるのは本当に有り難いことです。

今日は、久々にテクノアークへ出かけ、Webあきんど養成講座のビデオ受講を3時間。近くで画面を観ていたせいか今夜は目がショボショボ・・・もう寝ます(-_-)zzz
その後、インキュベーションルームに入居されたBe-Plusのなりさんと500円ランチしました。(テクノアーク5Fの食堂おススメですよ、松江市内を見渡せ景色もいいし・・・)

起業家スクールでお世話になった財団の方々、しまね情報センターの方々にもお久しぶりに
お会いできました。常に自分を叱咤激励、磨きつづけないといけませんね。『これでよし』と思った時は、その時はすでに後退している!と聞いたことがあります。「現状維持は後退だ」・・・言うは易し!ですね。

でも、「これでいいんだ、今のままでいいんだ」って認めること、受け入れることも生活の中、人間関係の中では必要ですね。
投げやり、あきらめでなく「今」を受け入れる姿勢も大事にしていきたいと思うこの頃です。
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by poem89 | 2005-07-02 00:37 | 雑感

夢にむかってバク進するバクの日記
by poem89
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